| 「ふん!」太郎は力を込める。40kgのウエイトのバーベルはゆっくりと上がる。 太郎はジムで見学ばかりしているわけではない。今はベンチプレスで鍛えている所だ。これでも彼は記録に挑戦している。 「いいですよ、その調子です」サポートに入っているのは遥が声をかける。 遥はエリカ達と同級生の小学5年生の女の子だが、その身体は太郎よりよりふた回り大きい。そして、鍛えられた成長期の身体は太い筋肉に覆われている。腕や足だけでも太郎の胴を圧倒する迫力だ。もちろんその身体が秘めたパワーは凄まじい。 今はいつもジムのサポートをしている真実の代わりに、トレーニングウェアの上にTシャツを着て、太郎のトレーニングを手伝っているのだ。ぷるぷると不安定に震える太郎の持ち上げるバーベルの下にそっと両手を差し入れて太郎を励ます。 「ううーん!」気合いの声もぷるぷる震え、ちょっとずつバーベルが上がって行くが腕はまだ伸びきらない。 「頑張って!太郎さん!」遥が声をかける。 「んぎー!」と、声ばかりあがったが太郎の力が尽きる。 「おっと」がくんと沈むバーベルを遥があっさり支えた。太郎が苦労してやや持ち上げた40kgバーベルを軽々と。 「だめだ〜まだ40kgは無理だ〜」太郎が嘆く。 「でも、もう少しでしたよ。前よりパワーついてきたじゃないですか」遥はバーベルを台にもどし、慰める。 「遥ちゃんはすごいね〜40kgなんて楽々じゃない…」寝転がったまま遥を下から見上げ、感心する。 「そ、そんなことないですよ。もっと凄い方もいますし私なんてまだまだです」急に誉められて照れた様子で謙遜する遥。身体は大きいが謙遜する仕種が小学生らしく可愛らしい。 「バーベルカールとかどれくらいでやってるの?100kgとか?」太郎がちょっとオーバーに聞いたように見えるが、このジムでは全然当たり前の数字だったりする。 「…片手でのカールがそれくらいですね」遥は恥ずかしそうに言う。 「え…」思わず絶句する太郎。毎日凄まじいパワーの女の子達を見ているが、実際の数字で言われると驚きも新ただ。 「…じゃ、じゃあ、このベンチプレスの台と僕とバーベル足した位なら、いっぺんに持ち上げれるんだね…片手で…」 太郎の体重は40kg、プラスバーベル40kg、台が30kg程度なのでそれくらいの計算になる。 「…そうですね…」とまどいながら遥が応える。 「ちょっと試してみる?」太郎はいたずらっぽく言ってみる。ここまでくると太郎は面白くなってきたようだ。 「え…」 「僕このまま寝てるからさ、台ごと持ち上げてみてよ」 「そんな、危ないですよ」 「大丈夫、バランス取るの得意だし、遥ちゃん自信持って♪」 「でも…」 「ね、1回だけ。ね?」 「…じゃ、1回だけですよ」「やった♪」 太郎のおねだりに渋々承知する遥。 「でも、危なくなったらすぐやめますからね?」 「はーい」気楽に応える太郎。 遥は太郎の頭の方に屈むとベンチプレスの台の下に右手を差し込んだ。左手でサポートし、バランスのとれる位置に右手を動かした。 「いきますよ?上でも気を付けて下さいね」 ぐん!と遥の腕に力がこもるとふわりと台が浮いた。 「うわ♪」太郎が台の上に寝たまま驚く。直接持ち上げられるのではなく、台ごと浮く感覚が楽しいようだ。 遥は慎重に台を上げて行き、左手を外すとついに片手でベンチプレス台太郎付きを持ち上げてしまった。 「で、できましたよ〜」 ちょっとこわごわだが、なかなか余裕でできた遥だが、バランスが恐いようだ。 「すごい〜!やっぱすごいね遥ちゃん!」台の上で無責任に太郎が感心する。 「あ、ありがとうございます〜」 「なにやってるの?」 突然声がかかった。太郎の様子を見に来た真実だった。 「!?」 びっくりしてしまった遥は台のバランスを失ってしまう。 「あわ!あぶ!危ない〜」太郎の悲鳴と共に台とバーベルと太郎が転げ落ちる。 「!」遥はとっさに台とバーベルを両手で別々に上手にキャッチする。 どて 「むぎゅ!」 誰の助けも得られなかった太郎が墜落した。 「ああ!太郎さん!あの!これは!」 太郎の心配と真実への言い訳が一緒になる。台とバーベルを置くと太郎を抱え上げた。 じと目で見下ろす真実の視線に遥はあわてた。 遥は真実の手伝いをしていることもあって、真実をとても慕っていた。その真実に嫌われてしまう事を遥はとても怖がったのだ。 「すす、すみません!真実さん!あの…!」 ぺこぺこと真実と太郎に遥は頭を下げた。台ごと太郎を持ち上げていた事はともかく、そのあと落としてしまったのはまずかった。 真実はゆっくり近づくと、太郎を摘まみ上げ立たせる。 「どーせ太郎君が余計な事言ったんでしょ!」じろりと太郎を睨んだ。 真実にはわかっていた。遥が理由もなくこんな事をする子ではないという事を。 「えへへ…」見抜かれて太郎は妙な笑いでごまかすのでした。 |
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